科学万能な現代に、なぜ今、運命学である気学が求められるのでしょうか?

 

気学は人生の羅針盤

気学が「人生の天気図であり羅針盤である」という意味をご説明するために、私の実際に生きた経緯を例に取ってご説明してみたいと思います。

まず話は、私が26歳の時に結婚した時からはじまります。それは、わたしが気学を習う以前のことでした。
これは、後から聞いた話なのですが、わたくしの父は、わたしの結婚について、大正館気学会の矢島先生のところへ、こっそり鑑定を依頼していたのでした。矢島先生は会ったことのない、私の前妻を、人物判断を含め身体的特徴までも的確に言い当てられたそうです。そして、この婚姻の将来に起こるであろう様々な困難や課題を指摘され、その後、(大変残念ながら?)それはすべて実現する事となるのです。

それでも、当時若かったわたしは「古くカビ臭い占いか何かで、自分の人生を決めつけられて、たまるかー!」と笑い飛ばしてしまいました。恐いもの知らずの青年だったわたしには、人生を生き抜く奥義など、まったく興味の対象ではなかったのです。いまから思えば、ただただ悲しいほどに、私は無知でした。

私を気学へと導いた父は、1986年(昭和61年)の4月に、静岡県三島のゴルフ場でプレー最中に心筋梗塞で倒れ、近くの救急病院へ搬送され、そのまま帰らぬ人となってしまいました。あまりにも突然な62歳の父の死であったために、まだ30歳にも満たない私は、心の準備をする間もありませんでした。
それでも、私は、葬儀の手配を急遽すませ、事業継続の為の法的手続きや株主からの承認の取り付け、金融機関やお得意への説明等を済ませ、その後はがむしゃらに父から受け継いだ事業推進を突き進ませて行きました。そして、父の意向を引き継ぎ、事業や人生上での重要な判断を必要とするポイントで、矢島先生に鑑定をしていただき、実際に「方位取り」を使って計画的に転居を実施して行きました。

いま考えれば、当時の父は、自分の近づいている死を無意識のうちに察知して、その後に私が人生で遭遇するであろう様々な困難辛苦や有頂天に成った時に対処する有効な手段である「天気図と羅針盤」として、無知な私にこの気学を授けてくれたのでは? と今では考えております。